このページのコンテンツは、『リキッド消費とは何か』(新潮新書)のために書かれましたが、やや専門的な内容のために収録されなかったものです。新書1章分相当(13,000字程度)の文字数がありますので、ゆっくりお読みください。
ブランド名が出てこない?
調査データを見ていると、さまざまな発見があります。先日も、データを分析していて気になったことが1つありました。それは「若い人ほど、ブランド名が出てこないのではないか」ということです。
この疑問を抱いたのは、「一日の勉強や仕事を頑張ったあとで自分への『ご褒美』を考えたとき、頭に思い浮かぶ具体的なブランド」についてたずねたデータを分析していた際でした。
「ご褒美ブランド」の質問では、選択回答法(選択肢から回答を選んでもらう方法)ではなく、自由回答法(空欄に自分で文字を埋めてもらう方法)が採用されていました。したがって、当然のことながらブランド名を思いつかなければ回答はできません。このように手がかりがない状態でブランド名を思い出すことを、専門用語で「純粋想起」あるいは「ブランド再生」といいます。
表記の揺れ
少し話がそれますが、選択回答法と自由回答法には、それぞれメリットとデメリットがあります。
自由回答法は選択肢の制約がないので、いろいろな種類の回答が得られます。これはブランド数が多い製品カテゴリーを対象に調査を行うときに好都合です。たとえばアパレルや飲食店といったカテゴリーでは、さまざまなブランドがひしめき、激しい競争が繰り広げられています。こうしたカテゴリーで、「あなたが好きなアパレルブランドを教えてください」であるとか「あなたがよく利用する飲食店名を教えてください」といった質問を選択回答法で行うのは困難です。いずれの場合も、膨大な数の選択肢を用意する必要があります。
自由回答法ならば、こうした問題は生じません。回答者が自分で思いついたブランドを記入してくれますので、選択肢を用意する必要がないからです。上述した質問ならば、数多くのアパレルブランドや飲食店名の回答が簡単に得られるでしょう。選択肢の制約を受けないというのは、自由回答法の大きなメリットです。
しかし、こうした自由回答法のメリットは、裏を返せばデメリットにもなります。それは「表記の揺れ」が生じることです。自由回答法では調査協力者が自分の好きなように回答をできますから、回答結果に「揺れ」が生じます。「GODIVA」と「ゴディバ」は異なる表記ですが、同じブランドを指しています。「ミスタードーナツ」と「ミスド」も異なる表記ですが、同じブランドです。正確な分析を行うには、こうした表記の揺れを、ひとつひとつ手作業で修正していかなくてはなりません。
実際、冒頭で触れた「ご褒美ブランド」の調査では、キリンの「一番搾り」というブランドに対して、「1番搾り」「キリン、一番搾り」「キリン1番絞り」「キリンビール一番搾り」「キリン一番絞り」「キリン一番搾り」「キリン一番搾り生ビール」「一番しぼり」「一番搾り」「麒麟一番搾り」と、10種類の揺れが確認できました。
またサントリーの「ザ・プレミアム・モルツ」には、「サントリープレミアム」「サントリープレミアムモルツ」「サントリープレミアムモルト」「ザプレミアムモルツ」「プレミアんモルツ」「プレミアム モルツ」「プレミアム・モルツ」「プレミアムモルツ」「プレモル」と9種類の揺れがありました。
さらにアイスクリームの「ハーゲンダッツ」にも、「ハーゲンダッツ」「ハーゲンダッツ アイスクリーム」「ハーゲンダッツのアイス」「ハーゲンダッツのアイスクリーム」「ハーゲンダッツアイス」と、5種類の表記の揺れがありました。
表記の揺れは「該当するブランドはなし」という回答にも見られます。冒頭の調査では、「ない」「なし」「とくにない」「無い」「無し」「特に」「特にありません」「特にない」「特にないかな」「特にないです。」「特になし」「特にブランドはない」「特に決まったものはない」「特に無い」「特に無し」「特にブランドはない」「決まったブランドは無い」と、17種類ものバリエーションが確認できました。
最近はAIを使用して表現のゆれを修正する方法もあるようですが、多くの研究者はこれを手作業で行います。数千に及ぶ回答を1つ1つ確認し、修正していくのは気の遠くなる作業ですが、正確に分析を行うには欠かせません。
ブランドを記入するか、製品カテゴリーを記入するか
さて、話をもとに戻しましょう。上述した「ご褒美ブランド」の調査について、表現の揺れを修正し、分析を行ってみました。
実はこの調査では、「頭に思い浮かぶブランド」ではなく「頭に思い浮かぶ具体的な商品やブランド」をたずねています。このように質問すると「ブランド」を回答する人もでてきますし、「製品カテゴリー」を回答する人もでてきます。すると、どちらのタイプの回答をしたかを集計することで、自分へのご褒美を「ブランド・レベル」で考えているか、「製品カテゴリー・レベル」で考えているかがわかります。これは人々の消費行動を理解するために、とても有効な手掛かりになります。
《データと回答状況》
具体的な分析について説明しましょう。分析に用いたのは、拙著『リキッド消費とは何か』(新潮新書)の第5章で説明した「データ3」です。このデータは2023年2月に日本国内に住む16歳から65歳の一般消費者に対象として行われたオンライン・アンケート調査によって収集されたものであり、有効回答数は5,504でした。
実際の調査では、「一日の勉強や仕事を頑張ったあとで、自分への『ご褒美』を考えたとき、頭に思い浮かぶ具体的なブランド」を記入するための自由回答欄を5つ設けました。つまり1人あたり最大5つまで回答できるようにしました。したがってアンケートデータ全体における解答欄数の総計は、5,504 × 5 = 27,520となります。
もちろん、中にはそうしたブランドが思い浮かばない人もいるでしょう。したがって、この質問の回答を必須にするのは危険です。無理に回答を強いれば、誤ったデータが収集されてしまいます。
分析の結果、回答欄にブランド名あるいは製品カテゴリー名を記入した人は1,925名(有効回答者の35.0%)であり、合計記入数(回答欄に記入されたブランドあるいは製品カテゴリーの数)は5,201でした。1人あたり平均2.70個の回答をしたことになります。
《ブランド名回答率》
収集されたデータをもとに、「ブランド名回答率」を計算してみました。ブランド名回答率というのは、合計記入数に占めるブランド名の割合です。より詳しく述べれば、解答欄にブランド名あるいは製品カテゴリー名が記入されているうちの、ブランド名の占める割合であり、「ブランド名の数 / (ブランド名の数 + 製品カテゴリー名の数)」という計算で求められます。
上述したように、合計記入数は5,201でした。また、このうちブランド名が記入されていた回答は2,815でした。したがってブランド名回答率は2,815 / 5,201 = 54.1%となりました。
なお解答欄にブランド名あるいは製品カテゴリー名を記入した人1,925名のうち、(製品カテゴリー名ではなく)ブランド名を記入した人は1,229名でした(63.8%)。またブランド名の記入数は2,815でしたので、1人あたりの平均ブランド名記入数は2.29となりました。
購買経験と想起ブランド数
疑問に思ったのは、この「ブランド名回答率」を年代ごとに集計したときです。図1を見ると分かるように、「ブランド名」を回答する傾向は50代が最も高く、20代および60代に向けて緩やかに下がっています。

60代の消費者が「ブランド名」を回答する傾向が低いのは、なんとなく理解できます。ブランドにはあまりこだわらず、製品カテゴリー・レベルで購買意思決定をすることが多いのでしょう。
意外だったのは、若い人のブランド回答率が低かったことです。若い人は情報に敏感で好奇心も旺盛な印象があり、色々なブランドを知っているような気がしていたからです。しかし実際には、回答者の年齢が若くなるほど「ブランド」ではなく「製品カテゴリー」を回答する傾向が見られました。
この疑問に対するヒントは、あっさり得られました。それは、ある調査会社のリサーチャーの「若い人って、意外とブランドを知らないんですよね」という指摘でした。彼によれば、一般に消費者は年齢を重ねて購買経験が豊富になると、知っているブランドの数も多くなるということでした。さすが経験豊富なリサーチャーです。なるほどと思い、謎が解けたような気がしました。
製品カテゴリーによる違い
しかし冷静に考えると、先ほどの疑問が完全に解消されたわけではないことに気づきました。「若い人ほどブランドを知らない」ということを確かめるには、このデータには、少なくとも問題が1つあったからです。このときの調査では「自分へのご褒美として思い浮かぶブランドを教えてください」という質問をしていました。つまり対象となる製品カテゴリーを定めていませんでした。
なぜ、調査対象カテゴリーを定めなかったことが問題なのでしょうか。できるだけ、わかりやすく説明しようと思います。
私たちの日頃の買物行動を振り返ると、ブランド・レベルで意思決定をすることが多い製品もあれば、製品カテゴリー・レベルで意思決定をすることが多い製品もあることに気づきます。このため上述した質問の仕方だと、どのような製品カテゴリーについて回答したかによって、ブランド・レベルで記述することが多くなったり、あるいは製品カテゴリー・レベルで記述することが多くなったりします。
たとえばこのときのデータを見ると、「ご褒美」として思い浮かぶブランドには、「お菓子」「アイスクリーム」「お酒」「化粧品」「ハイ・ブランド」などが多いようでした。一般的な感覚として、これらのうち「お酒」や「化粧品」はブランドを意識しながら購買をすることが多いと思われます。するとアンケートでも「ブランド」を記述することが多くなると考えられます。「アサヒ スーパードライ」「SK-II」「ディオール」といった具合です。
他方、「お菓子」や「アイスクリーム」は、ブランドをあまり意識しないで購買したり、消費したりすることもよくあります。無自覚のうちに、製品カテゴリー・レベルで意思決定をしているわけです。実際、今回のデータでも「スイーツ」「ケーキ」「アイスクリーム」「チョコレート」「ポテトチップス」「和菓子」といった、製品カテゴリーの記述が目立ちました。
図2はこの点を確認するために行った簡易的な分析です。グラフは自分へのご褒美として「お酒」を思いついた人と「お酒以外」を思いついた人について、「ブランド」を回答した人の割合を示したものです。ご褒美として「お酒」を思いついた人の88.3%がブランド名を回答したのに対して、「お酒以外」を思いついた人のうち、ブランド名を回答したのは39.6%にとどまりました。

この結果から、年代によってご褒美と感じる製品カテゴリーが異なる場合、正確な分析が難しいことがわかります。たとえば仮に40代の人は自分へのご褒美としてお酒を思いつく傾向が強ければ、40代はブランド名を回答する傾向が強くなると考えられます。どうやら、回答対象となる製品カテゴリーを特定化しないと、正確な分析はできなさそうです。
ブランド・カテゴライゼーションと考慮集合
「若い人ほどブランドを知らない」ことを確かめるには、新しいデータを収集する必要があることがわかりました。もちろん今度は失敗したくないので、きちんと調査設計をしたいと思います。
今回の調査でポイントとなるのが「ブランド・カテゴライゼーション」という考え方です。大学の教科書に載っているような堅苦しい話かもしれませんが、急がば回れという気持ちでお読みください。
ブランド・カテゴライゼーション
世の中には膨大な数のブランドが存在します。しかし私たち消費者は、それらのブランドを単体でとらえるのではなく、さまざまなブランドのなかで相対的に知覚しています。相対的に知覚しているというのは、たとえば「身近なブランドと、手が届きそうもないブランド」であるとか、「買っても良いブランドと、そうではないブランド」というように、複数のブランドを関連させながら、それぞれのブランドを認識しているということです。
ただし私たち人間の情報処理能力には限界がありますから、世の中に存在するすべてのブランドを知覚することは、とうていできません。また私たちは接触した情報のすべてではなく、一部にのみ注意を向ける性質を持っています(これを知覚の選択性といいます)。私たちは、世の中に存在する膨大な数のブランドから、その一部だけを切りとり、主観的なかたちで認識をしています。
こうしてつくられた主観的な世界では、すべてのブランドが同じように記憶されるのではなく、いくつかにグルーピングされて記憶されています。これをブランド・カテゴライゼーションといいます。
これまでいろいろな研究者が、消費者の記憶はこのようになっているのではないかと考え、ブランド・カテゴライゼーションの枠組みを提案してきましたが(e.g., Howard 1963)、今日、よく用いられるのがブリスーとラロッシュ(Brisoux & Laroche, 1980)のモデルです(図3)。
ブリスーとラロッシュのモデル
ブリスーとラロッシュのモデル(図3)では、世の中に存在するブランド(入手可能集合)を、その消費者が知っているブランド(知名集合)と知らないブランド(非知名集合)にわけます。当然のことながら、知らないブランドは購買される可能性がとても低くなります。
知名集合はさらに、名前を知っているだけでなく、特徴まで理解しているブランド(処理集合)と、そうでないブランド(非処理集合)に分けられます。非処理集合のブランドというのは、その存在や名前は知っていても、興味関心のないブランドがほとんどです。
処理集合は、購買を真剣に検討するブランド(考慮集合)と、購買の対象から完全に外れているブランド(拒否集合)、完全な対象外ではないものの、値段が高いなど、何らかの理由によって候補になりきれないブランド(保留集合)に分けられます。

これまでの研究によって、考慮集合のサイズは(製品カテゴリーによってばらつきはあるものの)おおむね3前後であることがわかっています。たとえばある人が、「ポテトチップスならば『カルビー堅あげポテト』か『湖池屋ピュアポテト』か『ケロッグ・プリングルス』かな……」と思っているのであれば、彼・彼女のポテトチップスにおける考慮集合のサイズは3ブランドということになります。
ブランド・カテゴライゼーションのフレームワークを用いることで、先ほどの調査の意味も理解しやすくなります。「自分への『ご褒美』を考えたとき、頭に思い浮かぶ具体的な商品やブランド」をたずねたばあい、その人の考慮集合に含まれているブランドが回答されることになるでしょう。
新しい調査を行う
さて、ブランド・カテゴライゼーションの考え方を参考にして、あらためて調査を行いました。もちろん今度は、製品カテゴリーを明確に定めました。
調査の対象としたのは、ヘアケア製品です。調査に際して「ヘアケア製品」の範囲を、シャンプー、リンス、ヘアトリートメント、アウトバスヘアケア、ヘアカラー(白髪染め含む)、育毛用品と定義しました。
質問項目は、ブリスーとラロッシュのフレームワークを少し単純化して「想起ブランド」「考慮ブランド」「拒否ブランド」の3つにしました。ここでの想起ブランドとは「ヘアケア製品と聞いて思い浮かぶブランド」のことです。考慮ブランドは「想起ブランドのなかで、今後購入したいブランド」のことです。想起ブランドが「頭に思い浮かぶブランド」であるのに対して、「考慮ブランド」は「買っても良いと思っているブランド」(考慮対象となっているブランド)というわけです。「拒否ブランド」というのは「考慮ブランドのなかで、今後購入したくないブランド」のことです。実際にはあまり多くありませんが、こうしたブランドも存在します。たとえば、過去に嫌な思いをした「真っ先に思い出す、絶対に買いたくない」ブランドなどです。
もちろん新しい調査も自由回答法(空欄に自分で文字を埋めてもらう方法)で行いますから、ブランド名を思いつかなければ回答することができません。前回と同様に、回答欄は5つ設け、複数のブランドを記入できるようにしました。調査は『リキッド消費』に掲載されているデータ4の収集のときに、いっしょに行いました。2023年8月に16歳〜65歳の全国の一般消費者に対してオンライン・アンケート方式で行い、5,249名から回答が得られました。
正確な結果を得るために、分析対象者を慎重に選定することにしました。まずヘアケア製品について「自ら購入することも使用することもない」と答えた人は分析対象から除くことにしました。この結果3,171名が残りました。さらにこの3,171名について、「ヘアケア製品について、自分で購入して自ら使用する製品がありますか」という質問の回答結果を確認したところ、他の年代と比べて10代は「はい」と答えた人の割合が低いことが明らかになりました(図4)。どうやら10代はヘアケア製品を家族が選択し購入することが多いようです。そこで、10代はヘアケア製品の購買行動において当事者といえない場合が多いと考えられるため、分析対象から除外することにしました。こうして、分析対象者は20代から60代の2,971名となりました。

年齢と想起ブランド数
「若い人って、意外とブランドを知らないんですよ」という、調査会社のリサーチャーの指摘を確認してみましょう。分析を行ったところ、図5に示されたように、想定通りの結果が示されました。年齢層が高いほど「思い浮かぶブランド」の数が増えています。統計的にも、20代から60代の5つの年代の間に有意な差が確認できました(F(4, 2966)= 4.595, p = .001)。やはり、年齢が上がるとブランドに対する知識も豊富となるようです。経験豊かなリサーチャーの言うことは正しかったようです。

もう1つの疑問
しかし私には、図5を見ていて、もう一つ気になった点がありました。それは「ブランド知識がまだ豊富でない若い人の場合、『思い浮かぶブランド』の数に個人差が大きいのではないか」ということです。とくにリキッド・クラスターの若者と、それ以外の若者の違いが気になります(リキッド・クラスターについては拙著『リキッド消費とは何か』をご覧ください)。
図5から推察できるように、年齢を重ねた人は数多くのブランドを記憶しているのに対して、若い人はまだ十分な数のブランドを記憶していないようです。やや比喩的な表現をすれば、年齢を重ねた人と比べて、若い人の記憶は「白いキャンバス」に近い状態です。
もちろん、若い人も次第にブランドに関する知識を習得していくでしょう。しかし、そのペースは全員が同じとは限りません。すると若い人の中には、すでに比較的多くのブランドを記憶している人もいれば、まだあまり多くのブランドを記憶していない人もいるのではないか、という考えが導けます。「成長段階」では、発達に個人差が出やすいだろうというわけです。
こうした個人差をもたらす要因は色々あるはずですが、その一つに消費の流動性傾向(リキッド消費傾向)があるように思います。その理由について説明しましょう。
気まぐれな消費は、心の中の「在庫」を減らす
リキッド消費を構成する要素の1つに「短命性」があります。短命性とは、価値が文脈特定的となり、その寿命が短くなることです。そして「価値が文脈特定的となる」というのは、その場その場に応じて、物事の価値が変化するという意味です。このため、価値が文脈特定的となると、その時々の状況に応じて最適なブランドを選択し消費する傾向が強まります。つまり、移り気で変化に富んだ「気まぐれな消費」が目立つようになります。
気まぐれな消費では、「お気に入りのブランド」が毎回大きく変化していきます。そして「お気に入りのブランド」が毎回大きく変化すれば、「次に何がお気に入りとなるか」の予測が難しくなります。少し硬い表現をすれば、不確実性が高くなります。
こうした状況では、あらかじめ多くの「候補ブランド」を記憶しておいても、無駄になる可能性が高いでしょう。むしろ逆に、その時に欲しいものだけを覚えた方が、効率が良いはずです。「いま買わないものは、いま覚える必要はない」というわけです。
このように考えていくと、リキッド消費傾向の強い人は、日ごろから候補となるブランドを絞っておく傾向が見られるように思えてきます。つまり「リキッド消費傾向の強い人は、購買候補として記憶しているブランドの数が少ない」と考えられます。
ただし、先ほど述べたように、年齢を重ねた人はすでに多くのブランドを記憶している可能性が高いため、この現象はあまり見られないと考えられます。すると少し修正して、「リキッド消費傾向の強い若者は、購買候補として記憶しているブランドの数が少ない」ということができそうです。
この考えには、もう1つ補足が必要です。リキッド消費傾向の強い人であっても、すべての買い物行動において「気まぐれな消費」をするわけではありません。いろいろ試してみたい気持ちが高まり「気まぐれな消費」生じるのは、自分の「興味関心」がある領域についてでしょう。したがって上述した考えは「リキッド消費傾向の強い若者は、興味関心の高い製品カテゴリーにおいて、購買候補として記憶しているブランドの数が少ない」と補足修正できます。
データによる確認
上述した「リキッド消費傾向の強い若者は、購買候補として記憶しているブランドの数が少ない」という現象は、本当に生じるのでしょうか。調査データを用いて調べてみましょう。分析に用いるのは、図4の分析と同じデータです。
想起ブランド・考慮ブランド・保留ブランド・拒否ブランド
既述のように、今回のアンケートでは「想起ブランド」に加え、「考慮ブランド」「拒否ブランド」を自由回答方式でたずねています。それぞれを集計することで、各回答者の「想起ブランド数」「考慮ブランド数」「拒否ブランド数」がわかります。
分析を進めるにあたり、これらに加えて「保留ブランド数」という新しい変数もつくりました。ただしここでいう「保留ブランド」とは、想起ブランドのうち、考慮ブランドにも拒否ブランドにも当てはまらないブランドのことです。つまり、今後購入したいわけでもなく、かといって今後購入したくないわけでもない、いわば「とりあえず覚えているブランド」です。「保留ブランド数」は「想起ブランド数 − 考慮ブランド数 − 拒否ブランド数」で計算しました。
考慮比率・保留比率
さらに簡単な計算もしてみます。「考慮ブランド数」を「想起ブランド数」で割ったものを「考慮比率」ということにします。「考慮比率」というのは、ヘアケア製品と聞いて思い浮かぶブランドのなかで、実際に買っても良いと思っているブランドの割合(考慮対象となっているブランドの割合)です。考慮比率が高いということは、実際に「買いたい」と思っているブランドばかりを記憶していることになります。
「保留ブランド数」を「想起ブランド数」で割ったものを「保留比率」ということにします。「保留比率」というのは、ヘアケア製品と聞いて思い浮かぶブランドのなかで、買いたいとも思わないし、買いたくないとも思わないブランドが占める割合(保留状態にあるブランドの割合)です。保留比率が高いということは、実際に「買いたい」と思っていないブランドも多く記憶していることになります。
上述したように、拒否ブランドというのはあまり多くありませんので、実質的には「考慮比率」と「保留比率」を足すと1に近くなります。
ここまでのまとめ
いくつもの変数が出てきて、混乱された方も多いと思います。そこでここでもう一度、それぞれの変数の意味を復習してみましょう。表1は分析に用いる変数の一覧と定義です。アンケート調査において直接測定された変数には◯がつけられています。図6はそれぞれの変数の関係を視覚的に示したものです。
変数名 | 定義 | 測定された変数 |
---|---|---|
想起ブランド | ヘアケア製品と聞いて思い浮かぶブランド | ◯ |
考慮ブランド | 想起ブランドのうち、今後購入したいブランド | ◯ |
保留ブランド | 想起ブランドのうち、考慮ブランドにも拒否ブランドにも当てはまらないブランド | |
拒否ブランド | 想起ブランドのうち、今後購入したくないブランド | ◯ |
考慮比率 | 考慮ブランド数を想起ブランド数で割ったもの (考慮ブランド数 / 想起ブランド数) | |
保留比率 | 保留ブランド数を想起ブランド数で割ったもの (保留ブランド数 / 想起ブランド数) |

表1や図6をみると、「想起ブランド」の中に「考慮ブランド」「保留ブランド」「拒否ブランド」があることが、あらためてわかると思います。また「考慮比率」と「保留比率」の意味も再確認できるはずです。
分析対象を選定する
いよいよ分析作業に入ります。「リキッド消費傾向の強い若者は、興味関心の高い製品カテゴリーにおいて、購買候補として記憶しているブランドの数が少ない」かを確かめるためには、「若者」を対象に分析をすることになります。既に述べたように今回は10代を分析対象から除外していますので、20代を「若者」とすることにしました。
また分析を進めるには、ヘアケア製品に興味関心のある人を対象にする必要があります。そこでやや簡易的な方法ですが、今回は「女性」を分析対象とすることにしました。一般に、ヘアケア製品は女性の関心度が高い製品カテゴリーだと考えられています。このことは、ドラッグストアに足を運び、男性用ヘアケア製品と女性用ヘアケア製品のアイテム数(品数)を比べてみれば理解できるでしょう。明らかに、女性用の方が男性用よりもアイテム数が多いはずです。女性はヘアケア製品に対する興味関心が高い傾向にあるため、メーカーもさまざまな種類のアイテムを市場に投入しています。こうした状況を踏まえ、今回の分析では女性(20代女性)に焦点を絞って分析を行うことにしました。
分析結果
分析対象となる20代女性は340名でした。また内訳は、コンベンショナル・クラスターが84名、プレカリティ・クラスターは106名、リキッド・クラスターは150名でした。
図7aはコンベンショナル、プレカリティ、リキッドという3つのクラスターごとの「考慮ブランド数」を示したグラフです。グラフを見て分かるように、3つのクラスター間に大きな違いはありません。また統計的にも、3つのクラスター間に有意な差は確認できませんでした(F(2, 337)= 0.137, p = .872)。

図7bはコンベンショナル、プレカリティ、リキッドという3つのクラスターごとの「考慮比率」を示したグラフです。グラフを見ると、リキッド・クラスターの考慮比率が高いのがわかります。また統計的にも、3つのクラスターの考慮比率に違いがあることが確認され(F(2, 337)= 8.951, p < .001)、さらにリキッド・クラスターの考慮比率はコンベンショナル・クラスターおよびプレカリティ・クラスターの考慮比率よりも大きいことが確認されました(p = .007およびp < .001)。その一方で、コンベンショナル・クラスターとプレカリティ・クラスターの考慮比率には差が確認されませんでした(p = .864)。

図7cはコンベンショナル、プレカリティ、リキッドという3つのクラスターごとの「保留比率」を示したグラフです。既述のように、拒否ブランドはあまり多くないので、保留比率は「1-保留比率」に近いものとなります。グラフを見ると、リキッド・クラスターの保留比率が低いのがわかります。また統計的にも、3つのクラスターの考慮比率に違いがあることが確認され(F(2, 337)= 8.941, p < .001)、さらにリキッド・クラスターの保留比率はコンベンショナル・クラスターおよびプレカリティ・クラスターの保留率よりも小さいことが確認されました(p = .005およびp < .001)。その一方で、コンベンショナル・クラスターとプレカリティ・クラスターの保留比率には差が確認されませんでした(p = .864)。

なおいずれの分析でも、一元配置の分散分析およびTukey法による多重比較によって、差の検定を行いました。
分析結果の解釈とまとめ
分析結果の解釈
リキッド・クラスターをコンベンショナル・クラスターやプレカリティ・クラスターと比べてみると、「考慮ブランド数」は変わらないのに「考慮比率」は高く、「保留比率」は低いということになります。これらは、どういうことでしょうか。
まず「考慮ブランド数」が変わらないということは、「買っても良いと思っているブランド」(購入候補ブランド)の数は同じだということです。気まぐれな消費行動を見せるリキッド・クラスタであっても、心の中に大量の「候補ブランド」を抱えているわけではなさそうです。
つぎに「考慮比率」が高いということは、実際に「買いたい」と思っているブランドばかりを記憶していることになります。また「保留比率」が低いということは、買いたいとも思わないし、買いたくないとも思わない、保留状態にあるブランドをあまり多く記憶していないことになります。したがって両者を組み合わせると、リキッド・クラスターには「いま買いたいと思っているブランドだけを記憶しており、それ以外のブランドは記憶していない」傾向がみられると解釈できます。ひとことでいえば、彼女らは「欲しいものしか知らない」ようです。
まとめ
本章の分析では「リキッド消費傾向の強い若者は、購買候補として記憶しているブランドの数が少ない」ことを確かめてきました。そして20代女性を対象にヘアケア製品について分析を行ったところ、こうした傾向が実際に確認できることがわかりました。またリキッド・クラスターの頭の中の引き出しの中に入っているブランドの多くが購買候補ブランドであり、彼女らには「いま買いたいものしか、覚えていない」傾向があることも発見できました。
一連の結果は、拙著『リキッド消費とは何か』において論じた、リキッド消費の概念的特徴とフィットするものです。こうした傾向が発見できたのは、とても興味深い結果だといえます。
その一方で、これらの結果や解釈を、常にあてはまる「法則」のように考えるのは間違っています。それらは、たった1回の調査から得られた結果に過ぎませんし、分析の方法も非常に簡易的なものです。またそもそも、今回は理論的な議論も十分に行っていません。頑健性の高い結論を導くには、より緻密な理論的検討が必要でしょうし、調査や実験を何度も繰り返す必要があるでしょう。