リキッド消費を測定する

消費の流動化は、現代消費の大きな特徴の1つだろう。かつて主流であった「物的な製品を購買し、長期間所有するという消費スタイル」が、「モノを所有することにこだわらず、その時々に応じた消費を楽しむスタイル」へと、少しづつ変化している。

私たちの身の回りでも、サブスクリプションやシェアリングといった「所有しない消費」(non-ownership consumption)が浸透しつつあるし、メルカリなどで売ることを前提に製品を購買する「一時的所有」(temporary ownership)は、もはや当然となりつつある。

こうした変化を包括的に取り込んだ概念が「リキッド消費」(liquid consumption, Bardhi & Eckhardt 2017)である。

リキッド消費は、消費の流動化という現代消費の特徴を捉えるのに非常に有益な概念だが、ある大きな問題点を抱えている。それは、測定尺度が存在しないことである。

もちろんサブスクリプション市場の規模など、マクロ・データを用いれば、社会全体のリキッド消費傾向を捉えることは可能である。しかしその場合も、ある人がどのくらいリキッド消費的であるかを知るのは困難である。なぜなら、個人レベルの測定尺度が無いからである。

個人レベルの測定尺度があれば、一人一人のリキッド消費傾向もわかるし、それらからリキッド消費傾向の強いセグメントも発見できる。個人レベルのリキッド消費傾向を数値として把握することには、さまざまなメリットがある。

ところが、これは言うは易く行うは難しである。なぜなら上述したように、消費の流動化をという現代の消費の特徴を、包括的・・・に取り込んだ概念だからである。複数の次元から構成される幅広い概念を、数値として測定する尺度をつくるのは大変だ。

しかし、チャレンジングな課題だからこそ取り組む価値がある。確実に成果が得られる研究ばかりでは、面白くない。そう考えて、消費の流動性尺度に取り組むことにした。

消費の流動性尺度の開発

当初は、リキッド消費傾向をできるだけ網羅的に捉えようと考えた。ところが既存研究を参考にリキッド消費の特徴をピックアップしてみると、60以上になることが明らかになった。仮に1つの特徴を3項目で測定すると、全部で200項目近い尺度になる。いくらなんでも、これでは実用性に乏しい。

求められるのは、リキッド消費傾向を必要最小限の項目で正確に測定できる尺度である。測定次元を絞り込んだ、できるだけコンパクトな尺度が望ましい。こうして開発されたのが、ボラティリティ、所有しない消費、経験志向、省力化志向の4次元からなる「消費の流動性尺度」である。

  • 青山学院大学 学術リポジトリ 

消費の流動性尺度は、リキッド消費の基本的特徴である、短命性、アクセスベース、脱物質、省力化(Bardhi & Eckhardt 2017; 久保田 2020)をベースに開発されている。したがって非常にオーソドックスな内容であり、幅広く使える一般性の高い尺度といえる。研究論文などを執筆する際に、消費の流動性を測定する尺度として、ぜひ使用してほしい。

消費の流動性尺度の拡張

上述したように消費の流動性尺度は、個人のリキッド消費傾向を必要最小限の項目で測定するために開発されたものである。リキッド消費傾向を学術的に捉えるのに、適した尺度だろう。

他方、もう少し幅広い観点に立つと、社会全体の変化をどう感じているかや、生活全般が変化しているかなど、消費の流動性の背後に存在する要素を加えることで、より有益な分析ができる可能性がある。そこで消費の流動性尺度を拡張することで、実際のビジネスにも使いやすい尺度を開発した。

  • 青山学院大学 学術リポジトリ 

この「拡張された消費の流動性尺度」は、消費の流動性尺度を構成する、短命性、アクセスベース、脱物質、省力化という4次元に、加速と変動、手段合理的な生活、将来的な不安という3次元を加えた、3側面7次元から成るものである。もちろん新たに加えられた3次元は、場当たり的なものでなく、リキッド消費に関する既存研究から抽出されたものである。

「消費の流動性尺度」と「拡張された消費の流動性尺度」は目的の異なる尺度である。消費の流動性尺度は、純粋な意味でのリキッド消費傾向を測定するものであり、それ自体として完成しているものである。他方、拡張された消費の流動性尺度は、社会観や生活意識という、リキッド消費そのものではないが関連性の高い要素を組み込むことで、個人の消費の流動的傾向をより多面的に捉えようと試みたものである。どちらかというと、前者は学術研究に向いており、後者は実務的利用に向いているだろう。

拡張された消費の流動性尺度による分析

拡張された消費の流動性尺度を用いて、消費者をクラスタリングしたところ、従来型の消費者から構成される「コンベンショナル・クラスター」、将来に対して不安を抱いている「プレカリティ・クラスター」、そして消費の流動化傾向が顕著な「リキッド・クラスター」が抽出された。従来型の消費者とリキッド型の消費者だけでなく、将来に対する不安を抱いているクラスターが識別されたのは興味深い結果だった。

詳しい内容は論文を見ていただきたいが、リキッド・クラスターには、(1)アパレル製品の購買頻度が相対的に高い、(2)洋服レンタルの利用経験者が相対的に多く、利用に対する態度も比較的肯定的である、(3)自動車を保有せざるを得ない環境的制約が穏やかになるほど、実際に自動車を保有しない傾向が強くなる、という特徴があった。

さらに日用消費財の購買動向について消費者パネル購買データ用いて分析を行なったところ、(4)リキッド・クラスターの年間購買金額は他のクラスターと大きく違わないが、(5)購買対象製品が幅広く、(6)スイッチング傾向が高く、(7)買い物集約度傾向が低いことが示された。すなわち、いろいろな種類の製品を、毎回変えながら、少しづつ購買する傾向が明らかになった。

このように拡張された消費の流動性尺度を用いて消費者をクラスタリングすることで、実際のマーケティング活動に使いやすい分析が行える。今後、さまざまな場面での活用を期待したい。


「消費の流動性尺度」と「拡張された消費の流動性尺度」の著作権は筆者に帰属している。学術研究の場合は自由に使用していただいて結構だが、ビジネス利用の場合はご一報いただけると幸甚である。