リレーションシップ・マーケティング

関係の魅力を高める

ここまで述べてきたように、リレーションシップ・マーケティングの要点は、接近的な動機づけと回避的な動機づけをバランスよく高め、関係の質を向上することである。またそこにおいて接近的な動機づけは駆動的な役割を担い、回避的な動機づけを補助的な役割を担うことになる。

回避的な動機づけを高める方法は比較的簡単である。現在の取引相手を失うことから生じるコストや、現在の取引相手から他の取引相手に移る(ないしは新しい取引を行わないで過ごす)ことから生じるコストを高めれば良い。たとえばiPhoneになれた人がAndroidに移る場合、iPhone用に購入したアプリが無駄になるだろうし、Androidの操作に慣れる手間がかかるだろう。こうしたコストの中には、現在の関係に埋没するコスト(サンクコスト)、現在の関係と手を切るためのコスト(絶縁コスト)、新たな関係を探すコスト(探索コスト)、新たな関係に引越し、関係を開始し、築きあげるコスト(移動・開始・構築コスト)など、さまざまなものがある。

回避的な動機づけと比べて、接近的な動機づけを高める仕組みはやや複雑である。しかしすでに述べたように、リレーションシップ・マーケティングでは接近的な動機づけを高めることが駆動力になるので、その仕組みを理解するのは大切だ。顧客はなぜ自社との関係に魅力を感じるのかについて考えてみよう。

関係の魅力

顧客が自社との関係に魅力を感じてくれる理由は大きく3つに整理できる。

  • 状況に応じて臨機応変に対処してくれるから。
  • ニーズや好みを熟知して、気の利いた対応をしてくれるから。
  • 営業担当や店員との間に、深い人間的な関係が醸成されているから。

それぞれについて考えていく。

関係の魅力-1 臨機応変な対処

契約社会といわれる欧米と比べ、日本社会は、取り決めがあいまいだといわれる。たしかにそういう一面もあるだろう。しかし、あいまいな取り決めは常に悪いわけではない。事前にすべてを決めないからこそ、状況に応じた臨機応変な対処が可能となるからである。あらかじめ詳細に取り決めをするのでなく、大枠だけをゆるやかに決める契約は「関係的契約」などといわれる。興味深いことに、関係的契約は欧米の法律学者が身の回りを見渡すと厳格な契約ばかりでないことに気づいて提示した概念である。あいまいな契約は欧米にも多のであろう。

日本の自動車産業が世界的な強さを誇ることになった理由の1つは、サプライヤー(部品供給企業)とアッセンブラー(組み立て企業=自動車会社)とのあいだに、緩やかな契約が存在したからだといわれている。はじめからすべてを事細かに契約しないことで、製品の開発状況に応じて、仕様を柔軟に変化できるようになる。あるいは生産状況に応じて、供給量を調節することが可能になる。

ただし、このような臨機応変な対処は、いつでも大切というわけではない。関係的契約は「はじめに細かな取り決めができないとき」にこそ有効性が高まる。つまり「不確実性」がある程度高いときである。不確実性とは予測の困難性をもたらすものをいう。

関係の魅力-2 顧客に合わせる

ニーズや好みを熟知して気の利いた対応をしてくれることも、顧客にとって魅力である。誰でも、このような関係を大切にしたくなる。

顧客にぴったり合うように対応を変化させることを「顧客適応」という。顧客適応はさまざまなところで見られる。身近なところでは美容室がある。美容師は得意客をよく理解することで、好みにあうよう微妙に施術の内容を変えていく。お酒やお料理が好きな方なら、行きつけのバーやレストランなどを思い浮かべていただきたい。あるいは、かかりつけの医者、大学のゼミの先生なども、患者や学生に応じて対応を変化させている。

顧客適応は単なる御用聞きではない。まず顧客のことをよく知り(顧客学習)、それによって対応を顧客に細かく合わせる(顧客適応)という2つの段階から構成される。こうすることで、売り手側は顧客の要望を「見越して」対応することが可能となる。少し砕けた表現をすれば、「いかがいたしましょうか」ではなく「これがお望みですよね」という対応が顧客適応である。顧客適応は、顧客自身がオプションを選択してカスタマイズするのとは少々異なるわけである。そこでは顧客学習によって形成された関係的資源(主としてその顧客との関係だけに役立つ資源)を駆使し、さまざまな場面において顧客がどのようなニーズを抱くかを事前に予測したうえで、競合他社にはできない独自の対応をしていくことが鍵となる。顧客適応のプロセスにおいて、売り手側の推測が正確であり、なおかつ買い手側の手間や労力を減らせるほど、顧客にとって快適性は高まる。

関係的契約にもとづく臨機応変な対処と同様に、顧客適応も常に大切なわけではない。顧客適応が有効になるのは、顧客ごとにある程度好みが違う(ニーズの分散が大きい)場合である。たとえば、水道水を顧客ひとりひとりに合わせて変えるのは、あまり有効でないだろう。

顧客適応は、関係的契約にもとづく臨機応変な対処と、どこか似ている。いずれもニーズに合わせて、顧客への対応を変化させるものだからである。しかし両者は異なることに注意が必要だ。たとえば、アマゾンのレコメンド・システムはとても優秀だといわれる。これはITベースの顧客適応といる。閲覧履歴や購買履歴などによって顧客のことをよく知り、それによって対応を細かく合わせているわけである。しかしアマゾンは、あいまいな契約によって、柔軟な対応をしているわけではない。

関係の魅力-3 情緒的な結びつき

ここまでの説明で、なにか足りないと感じた人もいるだろう。営業担当者や店舗スタッフとの人間的な結びつきである。営業担当者や店舗スタッフとの間に親しみやフレンドシップが形成されることで、顧客にとって、関係はより魅力的になる。

ビジネスの世界に友情のようなものを持ち込むのはおかしいと考える方も多い。しかしいくつもの研究や調査によって、ビジネス関係にもこうした情緒的な側面が存在することが確認されてきた。私たちは自分たちでも気がつかないところで、人間的な心理に左右されているようである。

もちろんこのような関係を、すべての顧客が望んでいるわけではない。顧客の中にはビジネスライクな関係を好む人もいる。一般論として、どのようなセグメントをターゲットとしているかにより、フレンドシップの有効性は変わってくる。